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カレンダーこぼれ話 vol.9「駅の生まれ変わりの美術館とその作品群 Musée d’Orsay」前編

こんにちは。
今回はvol.7で紹介したルノワールに続いて、住空間に馴染むコンパクトなアートカレンダー『スマートアートシリーズ』についての“こぼれ話”をご紹介します。

2021年のスマートアートシリーズに新たに登場したもう1種は、世界的に有名な美術館「Musée d’Orsay オルセー美術館」です。
絵にはあまり詳しくない、という方でも、この美術館の名前は聞いたことがあるという方はいらっしゃるのではないでしょうか。

フランス、パリのセーヌ川沿いに位置するオルセー美術館は、モネ、ルノワール、マネをはじめとした印象派の作品が多く収められていることで知られています。
そしてその豪華な作品群の中から、厳選した12枚の名画をまとめたカレンダーが新商品の「パリ・オルセー名作選(小)(スマートアートシリーズ)」です。

では、一体どんな美術館なのか。今回は絵の紹介とともに、美術館にまつわる歴史も含めて紐解いていきたいと思います。

 

パリの名所「オルセー美術館」ができるまで

1804年フランスの皇帝ナポレオン・ボナパルトの命令によって、オルセー美術館のある場所に「オルセー宮(Palais d’Orsay)」と呼ばれる建物が建てられました。
外務省の庁舎として建てられたそうですが、会計院や国際院によって、最高裁判所などに使用されていたそうです。

ところがこのオルセー宮殿は、残念ながらパリ・コミューンと呼ばれた世界最初の労働者政権による放火のために消失してしまいました。

そして、1900年。パリで万国博覧会が開催されるのを機に、オルレアン鉄道という鉄道会社によって「オルセー駅」として現在のオルセー美術館の建物が建設されます。
駅のホームは、高さ32mで幅40mの大きなドーム型の屋根で覆われ、ドーム西端には、今でもオルセー美術館のシンボルとして知られる、幅が4.5mもある大きな時計が備え付けられました。

その後、駅舎としては狭くなり不便になったため、近距離列車専用の駅として使われていましたが、しばらくすると廃墟同然の存在になってしまいます。

いっそのこと取り壊したり、改装して大きなホテルにしようという計画も出ていたそうですが、当時のパリでは古い建物の保存に関心が高まっていたこともあり、
ポンピドゥー大統領がこの建物を保存して美術館として甦らせることを承認しました。

そして、大時計や地下への吹き抜けをそのまま使用するなど、鉄道の駅としての面影を残しながらの改装案を採用し、
古き良きものを愛しながら自由な発想で美を愛するパリっ子たちを象徴する建物として「オルセー美術館」は生まれ変わったのです。

 

後編では、美術館に収蔵されている名画たちを、さらに身近に感じられるような裏話をお伝えしていきます♪

 

カレンダーこぼれ話 vol.9「駅の生まれ変わりの美術館とその作品群 Musée d’Orsay」後編へ続く<<

 

参考文献:

分冊百科・西洋絵画の巨匠たち「セザンヌ」,『週刊グレート・アーティストNo.6』1994年7月5日号, 同朋舎出版.
分冊百科・西洋絵画の巨匠たち「ロートレック」,『週刊グレート・アーティストNo.7』1994年7月12日号, 同朋舎出版.
La muse No.1「オルセー美術館」1992年5月26日号, 講談社.

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