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カレンダーこぼれ話 vol.3「アンリ・マティス‐ 色彩の魔術師の秘密 前編」

マティス

こんにちは。
前回に引き続き、新商品の住空間に馴染むコンパクトなアートカレンダー『スマートアートシリーズ』についての“こぼれ話”をご紹介します。
この絵を見るポイントって何なのかな? そもそもこの画家のことを知らない……どんな人?
そんな方はぜひこちらの記事を参考になさってみてください。

マティス

今回ご紹介するのは、スマートアートシリーズの1つ「アンリ・マティス」
法律事務所に勤めていたにも関わらず、21歳で安定を捨てて画家を目指すことを決意し、美術学校に通い始めたマティス。
その後生涯にわたって様々な画法を追求し、たぐいまれで鮮やかな色を操ったことから「色彩の魔術師」と呼ばれて愛されます。

彼の興味深いところは、人生のターニングポイントになっている「病気」や「手術」で意気消沈するのではなく、逆にその都度自分を違う方向に再出発させているところです。そんな不屈の根性をもつマティスの人生を、彼がこだわった色や好んだモチーフに触れながらご紹介していきたいと思います。

マティス

堅実な職に就いていたマティス。何がきっかけで画家を目指したの?

1869年にフランス北部に生まれたアンリ・マティス。商店を経営する生真面目な両親のもと成長し、安定した仕事を目指して法律学校で学んだ後、地元の法律事務所で働いていました。21歳の時、虫垂炎で療養中の息子を不憫に思った母親は、お見舞いにと油絵の道具を贈ります。そう、これがすべてのはじまりでした。
白いカンヴァスに絵の具で世界をつくりだすことに夢中になったマティスは、親の反対を振り切って絵を学ぶべくパリの学校へ入学し、画家としては遅いスタートをきったのです。

「そこは完全に自由で、だれにもわずらわされず、平穏だった」とマティスは語ったそうです。
思い切った方向転換をしたマティスは、その後どうなっていくのでしょうか?

マティス

絵画を研究し続け、切り開いた新境地

絵を学びはじめたマティスは古典や印象派、セザンヌなど、学校だけでなく美術館などでも熱心に絵画の研究に勤しみました。その熱心さから、彼は「教授」というあだ名で呼ばれていたそう。

そんなに研究に熱中しすぎると、過去の偉人に影響を受けすぎてしまうのでは?と問いかけられたところ、彼は「その影響に耐えられる逞しさがないというのは無能の証拠だ」(参考文献①P.11より引用)と答えたそう。巨匠にもひるむことのない自信家だったマティスの素顔が垣間見えます。

マティス

その言葉通り、1905年、誰の影響も受けずに描かれた彼の作品「帽子の女」(カレンダー6月)が発表されると、マティスは一気に注目を集めます。

鮮やかな色づかい、奔放で荒々しいタッチ。いまだかつてない作風に激しい非難の声もあがりますが、「まるで野獣(フォーヴ)を見るようだ」と例えられたことから、マティスは「野獣派(フォーヴィスム)」の王として知られるようになりました。

ところがマティス本人はこの評価が気に入らず、「こんな人間(帽子の女)がいるものか!」という批判に対して「道でこんな人に会おうものなら、私だって逃げ出している…とにかく、私は女性を創造したわけじゃない。私は絵を描いたのだ」と、美術史上に残る反論をしたそうです。

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持ち主から取り戻してまで色を塗り直す!?色に対する異常な執着

4月のページに使われているのは、マティスの描いた中でも最も完成度の高い作品と誉れ高い「赤の調和、赤い室内」という絵画です。大胆な配色が鮮やかなこの作品には、マティスの驚くべきこだわりのエピソードが秘められています。
この頃のマティスの関心は、絵画と装飾を組み合わせることにありました。テーブルクロスの模様が壁一面に広がっている様子は、観る者に空間が歪むような不思議な感覚を与えます。テーブルの傍らに佇む女性のメイドは、絵について考えるマティス自身を表しているそう。

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タイトルにあるように「赤」が印象的な作品ですが、なんと最初はすべて緑色でした。その後、青色に塗り直し、三度目の正直で現在の赤色になったとか。驚いたことに、マティスはこの絵が完成品として人に渡ったり、展覧会に出品されたりしているのをお構いなしに、取り戻しては色の修正を加えたそうです。

人手に渡った作品を追いかけてまで修正するマティスの色に対するこだわりはもはや異常……に思えなくもないですが、それでこそ20世紀を代表する画家であるとも言えますね。

 

さて、後半ではマティスの愛したモチーフや、さらなる才能の開花。彼の人生の終焉についてご紹介していきたいと思います! お楽しみに♪

参考文献:①「小学館ウィークリーブック:マティス」,『週刊美術館』第36回配本2000年10月24日号, 小学館.
②「ラ ミューズ 第19号 パリ国立近代美術館」1993年2月23日号,講談社.

<アンリ・マティス スマートアートシリーズはこちら↓↓↓>

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