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カレンダーこぼれ話 vol.1「グスタフ・クリムト‐ 己を貫いた絵の魅力 前編」

クリムト

こんにちは。こちらのブログでは、今注目!のカレンダーについての“こぼれ話”をご紹介していきたいと思います。

今回スポットを当てたのは、新商品であり、これまでになかったコンパクトなアートカレンダー『スマートアートシリーズ』
アートって小難しくてよく分からない……確かに飾るときれいだけど、贈り物として渡すとしてもどこを推して伝えればいいのかわからない……。
そんな方はぜひこちらの記事を参考になさってみてください。

クリムト

最初にご紹介するのはスマートアートシリーズの1つ「グスタフ・クリムト」今年はクリムト没後100年の年でもあり、国内でも大規模な展覧会が開催されています。
どんな人物か、前後編でその人生をすこしだけみていきましょう。

 

巨匠クリムトの生い立ち

オーストリアのウィーンに生まれ、金細工師の父親をもつクリムト。その血筋もあってか、7人兄妹の中、次男のクリムトをはじめとして3人が芸術的才能を開花させます。
そして食べるのに困るほど貧しいながらも、奨学金を手にすることで14歳で美術工芸学校へ入学しました。

1年後に入学した弟と友人と共に3人で仕事をはじめたクリムトは、教師にすすめられてウィーン美術史美術館の広間や階段を飾る壁画などの制作助手をつとめます。卒業後はそのかいあって様々な仕事の依頼が彼らに舞い込み、苦心しながらも仕上げた装飾画は当時の皇帝から称えられるなど高い評価を受けました。

クリムト

但し、それらはあくまで伝統作法にのっとった一般的な描法のもの。現在の私たちが知る彼独自の様式は使われていませんでした。
その後、クリムトは仲間と共に、オーストリア帝国では評価が低かった絵画などの美術界に生気を取り戻そうと「ウィーン分離派」を設立します。

初代代表となったクリムトは展覧会の方法を変え、各自の作品を宣伝しようと働きかけました。
もっと自国の芸術家をウィーンの人々に知ってもらい、オーストラリア美術を国際的に評価されるものにしたい!そんな気持ちが伝わったのか、分離派の展覧会は大成功をおさめます。

 

信じられないくらいに大成功!ウィーンの人の心を射止めた分離派展

数万人の入場者を得て、第3回分離派展を迎えた頃には、その収益で新たな活躍の場所としての分離派会館を建築するほど彼らの勢いは増していました。

この分離派会館(セセッション館)は月桂樹を模したドームとして金色を効果的に使ったことで「金色のキャベツ」の愛称で親しまれ、今のオーストリア50セントコインのモチーフとしても使われています。
入口には「時代にはその芸術を、芸術にはその自由を」という彼らの精神を表した銘が刻まれ、今もクリムトの作品が展示されています。

セセッション館

 

クリムトを突然おそった、誹謗中傷の嵐

1894年、オーストリア政府はクリムトにウィーン大学講堂の天井に飾る3点の寓意画を依頼しました。
題材は「哲学」「医学」「法学」。この完成作品が、クリムトのもとに大バッシングをもたらします。

その理由は、身体が慎み深く隠されていない、写実的で自然なポーズをとった美しい裸婦が好色的で春画のようであり、汚らわしいとさげすまれたためでした。

1900年のパリ万国博ではそのひとつ「哲学」が金賞を獲得するなど、一部の人々はクリムトの天才的な才能に夢中になりましたが、一般の人々や国会議員、大学教授などは作品を酷評して嘲笑いました。

そしてなお作品を発表するクリムトに、悪意をもった人々は誹謗中傷を浴びせ続けます。

人気者から一転嫌われ者に!果たしてクリムトはどうなってしまうのでしょうか?

 

後編へ続く

参考文献:「クリムト展 」東美デザイン,東京新聞,1981年

 

<グスタフ・クリムト スマートアートシリーズはこちら↓↓↓>

クリムト

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